石の多いゴツゴツとした浜辺を彼は杖をつきながら歩いていた。

 ザザン…ザザン…と波の音が体全体を包み込むようで、吹き抜ける潮風と共に彼は全身で海を感じていた。
 今日は少し波が高い。

 こんな日は流れてくるゴミの量が普段より少し多くて、彼が腕に提げたビニール袋は浜辺に流れついたペットボトルやプラスチックトレーなどでいっぱいだ。

 石と石の間にまた一つ、ゴミを見つけた。いつものように手に取る。

 長年、海を漂っていたと思わせるような“それ”は藻だらけで、彼は最初、それが何かわからなかった。

 手にかかる重さと形でそれが小さなビンだと知れる。海水に濡れたゴミを拾い続けたせいで湿気っている軍手でビンを拭うと、表面が古ぼけた半透明な茶色いガラスになり、中身がうっすらと見えた。


 彼は口元を綻ばせる。


 流れ着いたのはゴミではなく、宝物だったようだ。
 錆びて硬くなったビンの蓋をあけ、軍手を外して中身を取り出す。

 彼が手に取ったのは、黄色く焼けたボロボロの手紙だった。カサッと乾いた音を発てて手紙を開く。


『○○の○○さんへ
 ぼくは熊本県八代市にすんでいます。
 とてもいいところなので、またこんど八代市にあそびにきてください。』


 誰に届くか判らないためか、名前の部分を○○で代用しているのが微笑ましかった。

 大きさの揃わない拙い文字で書かれた手紙と共に、ビンにギリギリ入るくらいの大きな松ぼっくりが入れられている。

 手紙を元のように入れて、彼はビンを大事そうに胸に抱えて歩き出した。


 心が朝日を差したようにぽかぽかと温かい。

 遠くから声が聞こえた。自分を呼ぶその声はどんどん近づいてくる。

「おとうさーん!」

 娘だ。石の多い浜辺を期用に走ってくる。

 彼は大きく手を振ることで、娘に返事をした。呼吸荒く、今年12歳になる彼の娘は父の元へたどり着いた。

 彼の家は海の近くにある。放っておけばいつまでも海にいる彼に、ご飯の準備ができたことを知らせるのが一人娘の役目だった。

 自分を呼びに頬を上気させた娘の前にビンを掲げて笑う。何それ? と言うかのように首を傾げる娘に中身を取り出して、手紙を広げて見せる。

 手紙を一読すると、彼が思ったとおり彼女の目はキラキラと輝いた。弾む声が彼女の興奮を表している。

「え、すごい! 流れてきたの? うわぁー、こんなことホントにあるんだねぇ! いいなぁいいなぁ」

 思いもかけない出来事が羨ましくて、彼女の口からは「いいなぁ」が連発した。

 にこにこにこにこと笑いながら、「熊本県からかぁ…」と何かを考えるように呟く。そして思いついたことを即座に父親に提案した。

「ねえねえ! 私たちも流そうよ。何をビンに入れようかな。あ! 私、貝殻がいいと思う! この前、すっごい綺麗なの見つけたんだよ」

 一人喋り続ける娘の話に賛同を込めて頷きながら彼は聞いていた。彼は話すことの出来ない身だからだ。

 それでも共に過ごした時間は長く、意思疎通の方法は言葉だけではないので、彼は娘との会話に不自由を感じたことはなかった。


 小さな出会いに微笑みあって、どちらともなく手を繋いだ。

 ビンを大事に抱えて二人で浜辺を歩く。流れ着いた偶然の出会いをご飯の準備をして待っている妻にも見せよう。

 そして、三人で「○○の○○さんへ」向けて手紙と貝殻をビンに詰めて、この海に流すのだ。


 小さな出会いが小さな幸福をきっと誰かのもとへ届けてくれるだろう。









モドル