多くは望んではいなかった。 望める立場だとも思っていなかった。 彼には妻があり、わたしは愛人。 『今日、行く』 一言だけのメール。 急いで退社して、スーパーにより食材を買い、料理を作ってアパートで待つのが恒例。 そして、肌を重ねる。 彼は、情事の最中もけして「愛してる」とは口にしない。 「愛してるのは妻だけだ」と、関係を結ぶ前に言われた。 彼は愛妻家で子煩悩。 携帯の待ちうけは、奥さんと子どもの写真。 家族を愛してるくせに、わたしと関係を持つ彼は酷く残酷で不誠実な男だな、と思う。 否、最初に私を愛さないと宣言したようなものだから、逆に誠実なのかもしれない。奥さん相手には確実に不誠実だけど。 でも、別に結婚も誠実な恋人も望んでいないから、いいのだけど。 私も彼を愛してるわけではない。 彼はとてもカッコいい。浅黒い肌に精悍な顔つき。ホテルマンをやっていたこともあるから、姿勢が良くて人当たりもいい。そして、頭の回転も速くて、記憶力もいい。とてもいい大学を出たと聞いた。 だから、彼は知ってるのだと思う。 私が彼と恋愛関係を持ちたい訳ではないということを。 だからこそ、関係をもっているのだろう。 でも、彼はきっと私の本当の目的を知らない。 私は多くを望んでいない。 望める立場だとも思っていない。 けれども、たった一つだけ、自分にそんな資格はないのだとわかっていても、欲しいものがあった。 ゆっくりと優しくお腹を撫でた。 今日、彼に別れを告げよう。 『今日、行く』 一言だけのメールに一言だけのメールを返す。 『もう終わりよ』 産まれてくる子は、彼に似てカッコよくて、頭のいい子が産まれてくるといい。 似てなくても、いっぱいいっぱい愛せるけれど。 「愛してる」 と、お腹の子に囁いた。 わたしのたった一人の血の繋がった家族。 確かな存在に愛をささやく。 この子がいれば、わたしは生きていける。 |